
兵庫県豊岡市
自治体もデータで変わる
〜 豊岡市のUIターン事例調査をもとに〜
現在、多くの自治体では調査分析やデータ活用の必要性が認識されており、意思決定に科学的なデータ分析の手法を取り入れたいという思いをお持ちの政策担当者も多いと思います。一方で、過去に調査分析事業を外部に発注したが、分厚い報告書が出てくるだけで実際に何をして良いかが分からず、次の打ち手に繋がらなかった、という声も多く聞かれます。
今回、豊岡市役所では、DataStrategy社と協働で「20代女性のUターンに関する意識・意向をデータ分析を通じて把握し、現行事業の手法や新事業に反映させる」プロジェクトを実施しました。リサーチの成果は市長を含めてトップダウンで共有され、実際に組織変革にも繋がりました。
プロジェクトでは、どのようにデータを収集し有効な打ち手に繋げたのか。そのエッセンスを豊岡市UIターン戦略室の皆様へインタビューしました。
<インタビュー参加者>
豊岡市役所 環境経済部 UIターン戦略室 主幹 若森 洋崇 様
豊岡市役所 環境経済部 UIターン戦略室 主任 進元 亮典 様
豊岡市役所 健康福祉部 ハートリーフ戦略室 主任 川上 環菜 様
DataStrategy株式会社 代表取締役CEO 武田 元彦
DataStrategy株式会社 Business Development 吉井 秀三(聞き手)
豊岡市では「20代女性のUターン率の低さ」という課題を抱えていた
— UIターン戦略室では、どのような業務を担当されているのでしょうか。
若森: UIターン戦略室は、いかに転出者を減らして転入者を増やすか、に取り組んでいます。特に豊岡市の場合、市内に大学がないため、若者は高校卒業後の10代のうちに8割が転出してしまいます。そこから10代で失った人口を20代でどれほど取り返せるか。それを「若者回復率」と名付け、10代で出ていった人をどのようにUIターンで戻ってきてもらうか、ということに取り組んでいます。
進元: 直近の国勢調査(2010~2015年)のデータを分析すると、若者回復率は全体で39.5%なのですが、男女別に見てみると、男性は52.2%、女性が26.7%と、女性の回復率は男性の約半分であることが明らかになりました。
若森: 「男性と女性がいなければ人口の再生産は起こらない。女性がいなければこのまちはジリ貧になっていく」という課題に気づき、女性に選ばれるためにはどうすればいいのだろう、そもそも女性はUターンに関してどういう意識なのだろうと考え始めました。
進元: 26.7%、つまり女性は4人に1人しか帰ってきていない状況があり、それはなぜ帰ってこないのか。そもそもふるさとに対してどう思っているのかとか、どういう意識でいるのか、といった様々な疑問が生まれてきました。調査してみないと分からない、という問題意識もあり、DataStrategyさんにご相談させていただきました。
調査によるデータ分析を通じ、勘と経験と思い込みから脱却を目指す
— 調査して見ないと分からない、というのは具体的にどのような点だったのでしょうか。
若森: どこをタッチすれば人は動くのか、を知りたかったのですが、既存のデータにはありませんでした。マクロデータでは「Uターンするかどうか親に相談する人は7割」という類のものばかりで、何を相談したか分からない。「地方に帰りたいかどうか」というデータしかなく、私たちとは聞きたいレイヤーが違うというか、細かさが違うというか。私たちの求めているデータが他になかったので、調べなくてはダメだなと。
また、Uターンを増やすために必要なことを考えていても、当の本人たちの話を一つも聞いておらず、ターゲットをきちんと調べていないことに気付きました。勘と経験と思い込みで施策をやっているが、何か違わない?という結論に至りました。
市役所職員もインタビューを担当し、チームで調査を実施
— 今回のプロジェクトでは、Uターンした人としなかった人に、それぞれインタビューをする形式でした。それはどのように決められたのでしょうか。
若森: 特に「Uターンしなかった人」の意向を調べようと思い、豊岡にUターンしている人から、Uターンしなかった友達に聞いてもらうことを考えていました。DataStrategy社の武田さんに相談し、いわゆるアンケートのような定量調査ではなく、根っこの部分の根本的な原因を掘り下げて聞いてみるのが良いのではと意見を頂き、インタビュー形式の定性調査を実施しました。
武田: 私からは、定量調査では選択肢を決める必要があり、選択肢以上のものが調査から出てこない、という話をしました。定性調査はインタビュアーが必要なのですが、良いインタビュアーはかなりのコストがかかります。このプロジェクトでは、私と市役所の職員が自らインタビューを実施する形式を提案しました。
— インタビュー対象者が20代女性ということで、川上さんがインタビューを担当されたのですね。実際にインタビューされていかがでしたか。
川上: 実はインタビューの経験は全くありません。民間企業で営業などもやっていたため、どうしても自分のほうに誘導する癖がついていたというか。武田先生がインタビューするのを横で見ていて、誘導ではなく、本当に単純なことでも「なんで?どうして?」「なんでそう思ったの?」「そのときどうしたの?」とか、とにかくここまで質問攻めにするのかというような聞き方をされていて、こちらが知りたいことを知るため、目的を持った聞き取りをするには、とことん聞くしかないんだな、と教わりました。
豊岡市役所 川上様
— インタビューを通じて、どのような結果が得られましたか。
武田: インタビューを繰り返すと「同じことをあの人も言っていたな」という内容が出てきます。それを振り返りながら市役所の川上さん・進元さんと議論して仮説を出して、次にもう少し深く聞いてみるポイントを決めて、そのフィードバックを踏まえてまた仮説をブラッシュアップしていく、というプロセスを繰り返しました。
最後にインタビューデータをもう一度振り返り、移住に関連する要素を6つにまとめ、何が起きると移住につながるのか、あるいはその逆かをまとめました。例えば親と仲が良いので一緒に暮らしたいというのは移住の大きな理由になるが、そもそも田舎の人間関係が嫌だと移住が選択肢にならない、などです。それらを全て洗い出した上で、移住関連事業の担当者を集め、ワークショップ形式でインタビュー結果の共有・分析をしました。
若い女性向けの戦略を40-60代の男性が考えてもダメだと納得できた
— ワークショップを通じ、分析した結果はいかがでしたか。
若森: 今回のようなワークショップは本当に面白かったです。予想していたものと予想していなかったものがありました。例えば「私はキャリアを極めていきたい、だから豊岡には帰らない」という一方で、友達が帰るから帰るとか。友達が意外に決定の根拠になっていると思いました。
川上: 女性らしい自由さが溢れているなと思いました。「キャリアは極めたいけれど、もし彼氏ができて彼氏が故郷へ帰るなら、彼氏を取る」みたいな自由さは、女性ならではです。地元を離れるのも軽やかだし、帰って来るのも軽やかだなというのは、この結果を見て改めて思いました。だから、逆に繋ぎとめておくのも難しいみたいですね。
進元: これは私の感覚ですが、男性は将来の家庭を食べさせていかなくてはという使命感があったりして、人生における仕事のウェイトが結構高いと思います。ところがインタビューの結果では、家族と友達がメインと言っても良いほどでした。家族や友達との存在が、人生におけるウェイトとして大きいのだと思いました。正直目から鱗で、センセーショナルでした。
豊岡市役所 進元様
— 今回のワークショップは、部長クラスの方にも参加頂きましたが、いかがでしたか。
若森: 一番考えさせられたのは、地方創生の戦略を考えるのも結局男性ばかり、しかも40代〜60代のおじさんだということです。その人たちが若い女性のUターン施策を、自分の勘や思い付きでやっては絶対にダメですね。こんなにずれているのに当たるわけないなと実感しました。一般的なアンケート結果にまとめられてしまうと正直実感までいかないのですが、個別のインタビュー結果を切り取って集める作業をすると、本当に意外な点や気付かなかった点があることに気がつきました。
川上: 女の子の些細な意見ってそんなに影響力はないと思っていたので、個別のインタビュー結果はざっと読み上げるにとどめたのですが、皆さんがすごく難しそうな顔をして聞いていたのが意外でした。「仕事」や「交通機関の有る無し」といったジャンル分けがしにくい、ふわふわソフトな内容ばかりが散りばめられていた結果なので。口に出して言うのはなかなか難しいことばかりですよね。このジャンル分けできないふわふわした意見こそ、女性ならではだと腑に落ちたのは、私も発見です。今回の企画は、私にとっても良い結果だったと思っています。
調査によるデータ分析結果を踏まえ、組織も変えて新体制へ
— 意外な発見が沢山あったとのことで、みなさんの意識の変化にもなったのかなと思います。今回の分析結果を通じて、組織としてはどのようなアクションを取られましたか。
若森: 元々男性ばかりで、女性が補助的な仕事をするという傾向が強かったのですが、それを刷新します。これまでは、女性は市民課や税務課から、いわゆるルーティーンの仕事からスタートすることがよくありました。平成30年度からは、男性の新人が配属されていたところに女性の新人を配属します。働きたい会社を創る・プロモーションをする部署で男性が3人抜け、20代の女性が3人入ります。
— なるほど、そうした意思決定の背景には、今回のリサーチ結果も影響していますか。
進元: かなりあると思います。20代女性の意見は「こんなに違いますよ」ということは市長も含めて認識しています。やはり40-60代の男性が会議室で考えることではないと実感しました。
若森: 市長にも、今回のリサーチ結果のシートをそのまま使って説明しています。豊岡市は、何かを変えることを躊躇いませんが、決して軽く変えたりはしません。例えば上が「こうだろう」と言っていても「いや、違いませんか?」という議論はしっかりとします。けれど変えようと決めたらすぐに動きます。なので、今回の調査も実施できました。変わらないなら調査したって無駄じゃないですか。
— 自治体としてはかなりフットワークが軽いですね。
若森: 今回も、国勢調査のデータを5,6月にもらって、現状を変えるためには調査が必要だという意思決定がすぐにできて、すぐに武田さんにご協力いただけたので、スピード感を持って実施できました。結果、じゃあ変えなきゃダメだよねという最後の内部の意思決定までできました。
豊岡市役所 若森様
— 最後に、今回のプロジェクトを通じ、良かったことがあれば教えてください。
若森: 下準備はいろいろありましたが、短期間でうまく仕上げてくれたこと。私たちが求めているもの以上のものを作って頂けたと思います。内容だけではなくて、実感できる腹落ちのレベルまでやっていただけたというのが、非常に大きいなと思います。
進元: 我々のフォローも含めてすごく丁寧にアプローチをして頂きました。この地域の人の空気感というか、気概、人間性みたいなものをご理解いただいているというのもあったと思います。正直、インタビュー調査なんてやったことがありませんでした。川上がインタビュアーをやってどう成果が出るのか、全く未知数でした。聞かなくてはいけないことを聞きやすくするなど、ビギナーの川上であっても引き出しやすいように丁寧に進めて頂けたのかな、と思います。
また、9人のUターンされた方にインタビュアーになって頂き、ご自身の友人のうち、Uターンされなかった方にインタビューをお願いしました。インタビュー後にインタビュアーの方のもとへ私とともに会いに行って、そのときの会話の感覚や「文面はこう書いてあるけれどどういう感じだったの?」などをフォローして頂きました。このことでぐっと精度が上がりました。こうした丁寧さが有り難かったと思います。
川上:私自身も女性でUターンしたという立場から、関係が近いことから、対象者との「おしゃべり」になってしまう心配があったと思います。武田さんに最初に教わる中で、インタビュアーの立ち位置というのを明確にして頂けました。入り込み過ぎないように、意識が相手側に行き過ぎないようにというアドバイスを頂き、インタビュアーとしてうまく仕事をこなしていくことができました。
場を和ませる軽いおしゃべりも交えつつも、武田さんからのレクチャーやアドバイスがあったおかげで、全体を通じて深く掘り下げた内容のインタビューが実施できました。自分の中では、最初にしては頑張れたかなと。次やるときはもう少し精度を上げられるかなと思います。
(聞き手:DataStrategy吉井秀三)